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夢想拼圖 2

2014/10/20 23:22
《愛的力量》の準備期間、僕はよくパパの夢を見た。
 僕は、パパの歌集を燃やしてあげようと思った。他の世界に行ってもバンドを組めるように。
(*その人に関係ある本などを燃やし、天国でも読めるようにと弔う習慣)

僕はパパに聞いた。「歌集はどこにある?」
パパは答えた。
「テレビ台のそばの引き出しの中だよ。」
僕は長いこと台北に住んでいて、とっくに基隆の実家の物の置場など完全に忘れ去っていた。
僕はパパが夢の中で言った通りにママに電話で伝えて、歌集を探してもらった。
ママが、僕が言った通りに引出しを開けてみると、なんと、本当にパパの歌集が見つかった!

《愛的力量》コンサートのまさにその時、僕はさらに深くパパの存在を感じた。
あの晩、僕は《月亮代表我的心》を歌った。この曲はパパにささげたいと思った一曲だった。
この歌を歌うときは、ギター伴奏だけで、歌いながら、パパのことを考えていた。
……イヤホンからギターの音が聞こえていたその中で、なぜかドラムの音が聞こえてきた。だんだんはっきりと、だんだん確かに……

舞台から降りて、僕はすぐ、ドラムマスターのところへ行って聞いた。
間違いなく、その時舞台の上のドラマーは休んでいたはずだった。

その夜、僕はまた夢でパパに会った。

“パパ、今日見に来た?”ぼくが聞くと、パパは笑って頷いた。
 “わあ、またドラムで僕を手伝ってくれたの?でも、あの歌にドラムはいらないんだよ!間違えそうになっちゃったよ。”
僕は笑って言った。

“パパはドラムでおまえを手伝っただけでなく、最後、みんなに挨拶するときも手伝ったんだよ。ママが感動して立ち上がったとき、両手を同時にあげておまえに手を振ったんだよ。……”
──あの謝幕の時を思い出してみると、思い返してみると、僕がみんなに深々と長くお辞儀をして頭を挙げたあの時、
いつも“右手”で僕に手を振るママが、あの日はなぜか同時に両手で手を振っていた……

パパは言った。あの日、ママの“左手”を振って、百点満点僕にくれたのだと。

かつて、怖がってドラムをたたく時、涙を流していた少年が、パパに100点満点をもらえる、一人前の大人になった。

その後のコンサートでは、彼は自分を光栄に思うとともに父親のことも誇りに思うようになった。

そして信じている。毎回コンサートのたびにどんなに遠くにいようとも、パパはいつも舞台下で見ていると。
そしてまた信じている。どんなに夢への道が遠くても、どんな挫折や困難に遭っても、星空を仰ぎ見るたびにまたパパに会える。まるであの当時ドラマをたたいた少年のそばにいたように。永遠に頼れる存在として、やさしく「祥ちゃん心緊張しないで,深呼吸…”とささやきながら。
それ以来、その面影は、彼の中で最も確実な“信仰”となっている。当時の彼は前へ前へと進もうとして熱心過ぎるが故、時に現実に引き戻され、自分を見失い、時に自分の夢が信じられなくなった。しかし、ただ一つの“夢“あの“信仰”が前方に現れ、まるで遠くの灯台の明かりのように彼にパワーを与え、彼が現実という航海で道を見失わない様に導いてくれたのだった。……

今に至るまでずっと、コンサートで、いつもパパの椅子が決まっている。
開演前の1分間、舞台に上がる前、ゴンドラに立つと、前方に光のトンネルが見える…
ぼくはいつもパパを想って言う。
 “パパ!パパの言った通り、僕はやり遂げたよ!ママは元気だよ、心配しないで。パパ、見える?こんなにたくさんの人がいるよ!”
 暗闇の中、実際には口に出さず、ただ軽く胸に手を当てて、そのままじっとしていた。


それがパパが僕にくれた夢のパズルの一つだった。:夢をかなえることができたのは、熱情ではなく、“信仰”だった。

さあ、気合を入れて、光の方へ出て行こう。

明日は見ててね:大事な司会の移籍契約があるんだ。


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