FC2ブログ

スポンサーサイト

--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ショウ・ルオの本「母が教えてくれた24の知恵」序章 翻訳終了!

2010/12/12 22:42
こんなに本格的に長い文章を訳したのは、初めて!
でも、老師にも褒められたので、
ちょっと違っていたところは、修正して、最後までUPします。
原文の「路頭」は「道端」にするとイメージが軽くなりすぎるので、原文のままにしました。
(意訳、思い込みも多々ありますので、ご了承ください。)

やっと終わったと思ったら、別の文章もまたブログにUPされたので、
今度はそっちにもチャレンジしようと思います。

路頭の知恵

路頭の知恵、それはまさに路頭で得た知恵だ。
本には書いてないし、どんな授業でも学べない、
学びたいなら、本当に路頭に深く入っていかないと…僕のママのように。

僕のママは8歳の時、家を追い出された。
いわば、ホームレスになったのだ。
14歳になるまでずっと、彼女の唯一の棲家は、海辺の洞穴だった。
ママは振り返るたび思う。
怨みはしない。でもやはり泣きの入った時代だったと…。

まるでそれは道端に咲く小さな花のようだった。
多くの人が皆守られている子ども時代、彼女は違っていた。
自分自身を頼って生きなければならなかった。
それでも彼女は、まっすぐに立ち、花を咲かせた。

それは天が小さな花に下した苦難の運命だった。
でも、同時に天は、彼女に楽観という考えを与えるのも忘れなかった。
そして知恵も。

彼女はとっくに知っていた。
急いで大きな樹になる必要はない。高い目標がなくてもいい。
簡単には、引っこ抜かれないし、風雨にやられることもないから。
隠れの身の道端の小さな花は、静かに黙って雨水を吸い、太陽の光を浴びて、
一番目につかない隅っこで、近くを人や車が行き交うのを見ながら、
人の冷たくも温かくもある人情にも触れた。
ーそれが彼女が路頭で学んだ第一歩であり、それが彼女が路頭で学んだ、「生きていく知恵」だった。

14歳の時、ママはある薬売りの一団に出会った。
彼女は、原住民のようないい声を持っていたので、
彼らは、彼女を町から連れ出し、流浪の旅に出た。
それからというもの、小さな花は、もっと大きな世界を見た。
彼女は、怖がり、好奇心を持ち、でも彼女は勇敢だった。
彼女は薬売り一座を楽しませた。
生活の中のよいことも悪いことも、笑い話に変え、みんなに聞かせた。
彼女は歌い、上手に踊ることができた。
多くの人が、彼女のパフォーマンスを見て、主から薬を買った。
警察が来た時には、スカートのすそを引きずって、声を限りに
「早く逃げて!」と叫び、そして自分もまるでライトのカバーのようにスカートを広げ、
みんなの一番前を走った。

小さな花は、こうして、薬売り一座の大黒柱となり、みんなに好かれ、みんなが彼女を助けた。
彼女はたくさんのことを学び、突き進んで行った。
この時期に彼女が路頭で学んだのは、「世渡りの知恵」だった。

でも、夜、隣の女の子が家が恋しくてこっそり泣いているのを聞くたび、
彼女は、本当の家を思い出さずにはいられなかった。
でも、家の記憶ははるか遠く、遠くぼんやりしていた…
彼女は、結局やはり根のない小さな花にすぎないと知った。
20歳、彼女は、基隆で、パパに出会った。
彼は彼女に安心感と信頼できる唯一の安らぐ場所を与えた。
二人は、愛し合い、結婚し、僕が生まれた。
小さな花は、薬売りの大黒柱から、妻となり、母となった。
舞台はやはり路頭だったが、
一人のパパ団長と一人の歌姫ママと3歳のドラムの天才、我ら「羅家歌舞団」は、
台湾全土をくまなく歩いた。

それはまた彼女にとって、ついに路頭での孤独の日々が終わったことを意味していた。
この路頭の暮らしの中で、妻としての彼女は、ある時は優しく、ある時は勇敢だった。
勇敢なのは、僕たちのためだった。僕たちを守るため、前に立ちはだかる必要があったからだ。
しかし、母しては、僕たちはとても仲良しだった。
どうしてそうできのたかはわからないが、僕は、彼女に親近感を持つ一方で、厳しくしつける彼女をこわがった。
でも、僕は受け入れた。彼女が、ルールだけでなく、例を挙げて聞かせたので、僕はすぐ納得できたし、反論しにくかった。
それはいつも身近で起こり、目の前のことだったから。
あとになって僕はやっと知った。もともとはみんなママが自分で得た「生活の知恵」だったのだと…

今、ママはのんびりできるはずだ。
でも、彼女はやはり忙しく、また路頭にいる。
彼女は、家のない動物たちを世話するのに忙しい。
野菜市場に朝一番に行って、露店商人に好物を予約しておいて、
車を走らせて、動物たちのところへ行き、話しかける。
しかし、それも彼女の「路頭の生活」の一部分にすぎない。
近所の街の露店街にいるときのことだった。
ある台風が来た夜、彼女はちょうど家でマージャンをしていた。
近くの坂が崩れたと聞いて、彼女はすぐ救出に行って、
そのあと三日間ずっと現場にいた。あとで手に傷を負い、1か月近く
たとえ包帯で左手を吊りながらも、隣にいてマージャンをするのを楽しんだ。

これが僕のママだ。
僕はママが自分の運命を忌まわしく思っているとは、今まで聞いたことがない。
むしろ逆に彼女は、自分で生きてこられたのは、幸運で、いろいろ助けてもらったからだと思っている。
だから何年かたって、一番よく知っている街に恩返しをしたいと思っている。

この数年、ママが僕にかかわることは、だんだん減ってきている。
僕が間違ったことをするのが少なくなったからか、
よく言っていたように20歳を過ぎたら、自分で責任を負うべきだ!
と思っているからかもしれない。
僕はさらに自由になり、自分の人生を選択したり、決めたりできるようになった。
でも、それはとっても変な感じで、もし、そんな力があっても、
やはり何か問題にぶつかったときには、すぐママがいつも話してくれたことを思い出す。
それはいつも単純で、かつ、意味深くて、ちょっと聞いただけで、
自分を慎重にさせ、何かする時のよりどころになる。

ママはたくさん勉強したわけではない。
でも、僕にどんな百科事典よりたくさんの道理を教えてくれた。
これはまさに彼女が一生街頭にいて、見て学び、それだけでなく、生きていく中での特殊な出会いによって、
やっと得た貴重な街頭の知恵だ。

だから、出版社に、この本の「序章」を書くように言われ、「序章」はすなわち、
この本の定義だと言われたけれど、とても長くて難しいと思った…
この本は、羅志祥が小さかったころから、街頭でママが語った物語である。
この本は、ファンと多くの若者とで分かち合う人生の坂道をいかに超えていくかという手帳(座右の書)である。
この本は、パパとママが子供に贈る、ハハッ、くどくどしつこくないしつけの参考書である。


でも、最後にきっとこの本は、こんな本なのだろう。
一つの街頭の花が書いた、中には勇敢で前向きで愛情深く、善良な気持ちがあふれ、
一生かけて観察し、収穫した不ぞろいだけれども、さまざまな知恵にあふれている。
さあ、語り始めよう。

ママが僕に教えてくれた24の知恵を。
スポンサーサイト



Comment Post

Name:
Subject:
Mail:
URL:

Pass:
Secret:管理者にだけ表示を許可する




すごーい!

翻訳お疲れ様でした。
こんなに訳せるってすばらしいです♪
本編が読みたくなりましたもの(笑)
私、まだ本の予約していませんが、どこで、いつ買おうかしら?(笑)
予定が立たないので何とも悲しいです。
しかし、ショウくん、あれだけ忙しいのにいつ本を書いたのかしら?
日本でもサイン会やってもらいです!



Re: すごーい!

umitoさん、コメントありがとう。
ショウくんの本だと、 翻訳はとっても楽しいです。
サイン会、そうそう、ジョセフは日本でやるの。
ショウくんもやらないかな?



Trackback

Trackback URL:



 Home 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。