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ショウとママの物語 ~レッスン5~

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02 /14 2011
この話は、自分の中国語の勉強を兼ねて、多分に意訳も含んで書いています。
その点ご理解の上、楽しんで読んでいただけたら、幸いです。(励みになるので、よかったら拍手してね。


~ レッスン5 手の平の選択権~
<幸運な人は、ずっと自らよい運を握っている>

ママの手の平は、厚くてざらざらしている。
小さいころから、ママはそのザラザラな手のひらを指さして、僕に言った。

「ショウちゃん、この線は生命線と言ってね、一人一人生まれたときからあるの。
 貧乏でも、お金持ちでも、男でも女でも、健康でも、そうでなくとも、
 神様はみんな公平に一人ずつ与えてくれているのよ。」

ママの道理は深い。
あとで僕は知った。ママが言っていたのは、自分の生命線のことだったのだ。
ママは長年ずっと自分自身を励ましてきたのだ。

ママは8歳の時、家を離れた。正確に言うと、8歳の時、母親に追い出されたのだ。
実際、ママが8歳になるまでの日々も大変で、常に打たれていた。
お米がよく煮えてないとか、野菜がちゃんと植えてないとか、
原因はたくさんあった。
でも、ママが考えた最大の原因は、たくさんいる男の子の中の女の子だったからだった。
ママは毎日、この家に私は必要ないのではと心配していた。
実際、ママのその心配もむなしく、最後にやはり憂えていたことが起こったのだ。

それは、苦しい日々の終わりを意味していたのかもしれない。

でもそれは逆に、別の苦しい日々の始まりだった。
8歳の子供にいったい何ができるだろう?
大多数の子供は、たぶん、パパとママに物をもらい、
もし、くれなければ駄々をこね、大声で泣くだろう。
 ママも泣いた。いつも夜中になって人がいないころ、
こっそり隠れ家の海辺の小屋から 這い出てきては、
海に向かって、大泣きした。

「他の人は、私がいらないんだ。でも神様は、私を必要としてくれるかもしれない。」
8歳の女の子は、最後には涙をぬぐって肌を刺す海風の中、自分に言い聞かせた。
そして、彼女は本当にそう信じていた。

なぜなら自分は生まれつき泳ぐことができることを発見したから。
それは神様が自分に与えてくれた道だった。
昼間は、海辺で鉄くずを拾い、海に潜ってはテングサを取った。
一日中忙しく働いて、やっと一つの饅頭に交換することができた。
彼女は、それをゆっくりゆっくり一口ずつ食べた。
なぜなら、その饅頭こそが彼女の一日の食糧だったから。

このような経歴を持っている人は、大体悪いことをした人だろう。
でも、ママは何もしていない。
このような運命に陥った人は、知らず知らずのうちに自暴自棄になる。
でもママは違った。

14歳の時、ママは薬売りの一団に出会った。
彼らは、歌を歌う人を必要としていた。
彼女は、歌いながら、研修をし、努力して、歌手の資格を取った。
こうして警察が来ても、急いで逃げる必要がなくなった。

20歳の時、基隆で公演した時、一人の誠実な男性に出会った。
彼は彼女にとてもよくしてくれた。
しかし、彼は貧しい公務員で、毎月の給料が、4000元しかなかった。

貧しさを恐れる人なら、多分お金持ちを選びたいに違いない。
でも彼女は違っていた。
彼女は彼のもとに嫁いだ。
でも、プロポーズに応じる前に、まだ本当の家のことを忘れてはいなかった。
ついに十数年離れていた家に帰り、
母親に一般の人(原住民ではない人)と結婚することを伝えた。
そして、自分が長年貯金したお金を差し出して言った。
「これが私たちの結婚の結納金よ。」

~次回に続く~






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